古典の日絵巻Picture scroll
「古典の日」からとっておきの情報や
こぼれ話などをお届けします。
古典の日絵巻 第十一巻:古典芸能干支絵巻
〜舞台で活躍する動物たち〜
犬猫もののテレビ番組に目を細めながら、劇場では化け猫や獅子の舞に心奪われる私。
鳥獣戯画絵巻から着想して、古典芸能で活躍する動物たち、毎月なので干支12種にちなんで連載します。鼠の妖術、菅公の牛、名画から抜けた虎、兎の飛団子、龍神の滝登り、お岩様は巳年の女、天馬の宙乗り、屠所の羊、靭猿、東天紅、八犬伝、五段目の猪と 能狂言 歌舞伎、文楽などからご案内いたします。
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その12 未 ひつじ 羊
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その11 午 うま 馬
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その10 兎 うさぎ 卯
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その9 亥 イノシシ 猪
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その8 酉 とり 鳥
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その7 戌 いぬ 犬
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その6 巳 み 蛇
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その5 子 鼠 ねずみ
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その4 辰 龍 たつ
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その3 丑 牛
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その2 猿 申 サル
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その1 虎 寅 とら
その11
午 うま 馬
今回は「午(うま)」。似ている文字の「牛」には角があり、馬にはないから?と変に感心しながら書いている、なぜ2月にしたか。それは「初午(はつうま)」である。
関西では伏見稲荷大社で行う「初午祭」二月(旧暦の一月)初めての午の日。その祭礼行事が代表。「馬」ではなく「狐」が使わしめのお稲荷さんは稲が実る農耕の神様。初午の日に、降臨したのが稲荷山であり、そこに作られた伏見稲荷が全国の稲荷社の総本社といわれる。その初午祭りがなぜ古典芸能に関係するか?東京歌舞伎座の正面右側に小さなお社がある。歌舞伎稲荷。明治から何回建て替わっても、稲荷社は守られ、芸能の神として歌舞伎関係者の信仰を集めている。「初午祭り」にちなんで歌舞伎座の中も「地口行燈(じぐちあんどん)」が飾られ華やかな雰囲気である。地口とは「駄洒落」「ことば遊び」の意味で。板をのこぎりで切っている女性の絵に「板切り娘」とあり、その心は「舌切り雀」あるいは侍が風呂に飛び込む姿に「飛んで湯にいる夏の武士=飛んで火にいる夏の虫」など、色とりどりの絵がある角行燈に、あかりが照り映える。
その歌舞伎は、馬が活躍する芝居が多い。「小栗判官」は騎乗の名手。悪人が判官を殺そうと暴れ馬を座敷に駆け込ませるが、なんなくなだめ、さらに小さな碁盤の上に乗り、前足を高々と上げさせる曲芸を見せる「曲馬」のハイライト。もちろん馬の中は二人の役者。判官を乗せたまま名人技を見せる。特別出演料は「飼葉料(かいばりょう)」といわれるとか。そんな判官も失明と脚萎えという苦難を乗り越え、悪人退治のため奉納絵馬から抜け出た白馬に乗って恋人・照手(てるて)姫とともに二人宙乗りで駆けつける。「天馬の宙乗り」。先代・市川猿之助の白馬に同乗して宙乗りしたのが私の自慢話。(怖かった‼)
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馬の曲芸といえば、講談「寛永三馬術・間垣(まがき)平九郎」が有名。芝・愛宕山の石段を将軍・家光が所望する白梅の枝を取りに急勾配を上り下りした故事。俗に「出世の石段」といわれた実説。愛宕山にはNHK放送博物館があり。石段脇にエレベータ。いったん頂上までそれを利用し、降りを体験。全部で83段。眺めはいいが、宙乗りと同じでやはりコワイ。手すりにすがりながらのへっぴり腰だった。
馬術は難しい。狂言「止動方角(しどうほうがく)」は癖のある馬の扱いを覚えた太郎冠者が、威張りちらす主(あるじ)を懲らしめる内容。馬の上でふんぞり返り、えらそうに命令ばかりする主。背後で咳をすると暴れる習性の馬。わざと咳をして二度も転落させる。太郎冠者は鎮める呪文も習っていて、それが「止動方角(しどうほうがく)」これって「はいしいどうどう」の語源に聞えないだろうか?最後は太郎冠者が主にまたがって・・・報復ならぬ抱腹。
浄瑠璃では「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」の「檀特山(だんとくせん)」といわれる場面。須磨の浜で熊谷直実が敦盛の首を討った史実を、同い年の息子・小次郎を身代わりにする名作。その「わが子の首」を馬の鞍にくくりつけ「悉陀太子(しったたいし)を送りたる、車慝(しやのく)童子が悲しみも」と、天竺・檀特山での釈迦の故事を義太夫に取り入れ、息子との別れの悲しみを熊谷が馬とともに無言で演じる「憂き別れ・・・」という名場面だ。首を包む布が合戦で飛んでくる矢を防ぐため馬上で翻すもの。「母衣(ほろ)」という名も16年育ててきた父母の連想に繋がりいとおしい。
馬はほかにも「塩原太助」「近江のお兼」「実盛物語」「馬盗人」「矢の根」など様々な古典芸能に登場する。日本人の暮らしの伴侶であったことがよくわかる。