古典の日絵巻Picture scroll
「古典の日」からとっておきの情報や
こぼれ話などをお届けします。
古典の日絵巻 第十一巻:古典芸能干支絵巻
〜舞台で活躍する動物たち〜
犬猫もののテレビ番組に目を細めながら、劇場では化け猫や獅子の舞に心奪われる私。
鳥獣戯画絵巻から着想して、古典芸能で活躍する動物たち、毎月なので干支12種にちなんで連載します。鼠の妖術、菅公の牛、名画から抜けた虎、兎の飛団子、龍神の滝登り、お岩様は巳年の女、天馬の宙乗り、屠所の羊、靭猿、東天紅、八犬伝、五段目の猪と 能狂言 歌舞伎、文楽などからご案内いたします。
-
その12 未 ひつじ 羊
-
その11 午 うま 馬
-
その10 兎 うさぎ 卯
-
その9 亥 イノシシ 猪
-
その8 酉 とり 鳥
-
その7 戌 いぬ 犬
-
その6 巳 み 蛇
-
その5 子 鼠 ねずみ
-
その4 辰 龍 たつ
-
その3 丑 牛
-
その2 猿 申 サル
-
その1 虎 寅 とら
その9
亥 イノシシ 猪
師走は「忠臣蔵」の季節。といっても今の若い人にはピンとこない。浅野浪士の討ち入りが12月14日だが、現代的解釈では義士の美談ではなく吉良家に対する「テロ行為」とか。菊池寛の小説を落語にした春風亭小朝の高座で聴いた。そのとき同時に「中村仲蔵」を語り、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」を上演するという国立劇場のコラボ企画公演だった。
役者の中村仲蔵が、端役の盗賊、斧定九郎の扮装、演出を一新してスターが演じる役に作り上げるネタが「中村仲蔵」その定九郎が登場する「忠臣蔵・五段目」が上演された。
黒の羽二重、白献上の帯、朱鞘の落とし差し。白塗りの二枚目が破れ傘を持つ立ち姿。中村歌六がニヒルな悪を利かせすっきりと演じる。旅人から五十両奪ってニタリと笑うところまではよかったが、なにかがやってくる、あわてて稲叢(いなむら)に隠れる。すると「イノシシ」登場。花道から本舞台へ駆け込み稲叢で一回まわり上手(かみて)へと走り去る。ここまで「ひとり舞台」安心して現れる定九郎、しかし「ズドン」と鉄砲の音。イノシシを狙った猟師の玉にあたったのだ。くるりとこちらを向いて苦しみ、口から血が。それが真っ白な右足の腿に垂れてゆく。江戸時代は仲蔵が卵の殻に紅を仕込み、それをかみ砕く工夫をした。この場面では旅人、定九郎が殺され、撃った猟師も次の六段目で切腹し、関係者全員が死ぬ。それゆえ
五段目で 運のいいのは 猪(しし)ばかり
と狂歌に作られた。この芝居以外でイノシシが出る芝居はみたことがない。
※画像をクリックすると大きい画像が表示されます。
人形浄瑠璃では近松門左衛門の「心中天網島」その書き換え「時雨の炬燵」にも「亥の子(いのこ)」という言葉が語られる。これは陰暦10月の亥の日(12日に一度まわってくる)に炬燵や火鉢を出す上方の風習。「炬燵開き」のことを指す。紙屋治兵衛の家でも昨年の亥の子に家族中で祝ってから、急に治兵衛は女房のおさんに冷たくなった。それは小春という恋人ができたからだ。昨年初冬の家族のぬくもりを思い出し、今は炬燵で小春と別れた夫がふて寝をしていることに、女房が涙ながらに意見をする名場面。「時雨」とは夫婦がともに流す涙、うまい外題ではある。結局は小春治兵衛が網島で心中してしまう。
アニメ「鬼滅の刃」は今年、人間国宝の大槻文蔵や野村萬斎らが能舞台で演じ話題になった。主人公、炭次郎の仲間、伊之助は常に猪の毛皮をかぶっている。モットーは猪突猛進。猪に育てられた野生児。素顔はかわいらしい。舞台では狂言面を掛けたが、牙があって丸い鼻を精悍に見せる。
ちなみに、能面作成の過程で最終的な仕上げは猪の牙で磨くとか。この文字を使った舟が猪牙舟(ちょきぶね)そのとおりのスマートな舳先で隅田川を高速で移動した。その行き先は柳橋か深川か。江戸小唄や端唄に唄われる。もちろん船頭は男前に決まっている。