「四季草花草虫図屏風」(蝶・蜻蛉)鈴木其一「春秋草木図屏風」

俵屋宗達「双犬図」※作品画像はすべて部分、細見美術館蔵

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「古典の日」からとっておきの情報や
こぼれ話などをお届けします。

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古典の日絵巻 第十一巻:古典芸能干支絵巻
〜舞台で活躍する動物たち〜

犬猫もののテレビ番組に目を細めながら、劇場では化け猫や獅子の舞に心奪われる私。
鳥獣戯画絵巻から着想して、古典芸能で活躍する動物たち、毎月なので干支12種にちなんで連載します。鼠の妖術、菅公の牛、名画から抜けた虎、兎の飛団子、龍神の滝登り、お岩様は巳年の女、天馬の宙乗り、屠所の羊、靭猿、東天紅、八犬伝、五段目の猪と 能狂言 歌舞伎、文楽などからご案内いたします。

葛西 聖司

(かさい せいじ)

古典芸能解説者

NHKアナウンサーとしてテレビ、ラジオのさまざまな番組を担当した経験を生かし、現在は歌舞伎、文楽、能楽、舞踊など古典芸能の解説や講演、セミナーなどを全国で展開している。 日本の伝統文化の魅力を初心者にわかりやすく伝える。
日本演劇協会会員(評論)、早稲田大学公開講座、NHK文化センター、朝日カルチャーセンターなどの講師。
著書に、『教養として学んでおきたい能狂言』『同 歌舞伎』(ともにマイナビ新書)『名セリフの力』(展望社)『僕らの歌舞伎』(淡交社)、『文楽のツボ』(NHK出版)など多数。

1年間、葛西先生のエッセイに諫山さんの挿絵でお楽しみいただきます。

諫山 宝樹

(いさやま たまじゅ)

日本画家

大阪生まれ。京都在住。2003年、京都市立芸術大学日本画専攻卒業、2005年、同大学院保存修復専攻修了。
在学中より東映京都撮影所にて様々な時代劇の襖絵等の制作に携わり、2015年の独立後は主に京都にて寺社への奉納や定期的な作品公開、広告媒体への作品提供等活動の幅を拡げている。

2019年 連続テレビ小説『スカーレット』絵付・日本画指導
2022年 八坂神社 新年干支大絵馬 奉納
    正寿院 本堂襖絵21面 奉納
    金峯山寺 蔵王権現像『蒼』(紺紙金泥)奉納

その7

戌 いぬ 犬

 イギリスの大聖堂で有名なノリッジという街を歩いていたら、犬が、さも目的ありそうに「スタスタ」わたしを追い越していった。首輪があるから飼い犬だがリードがついていない。ほかにも飼い犬が自由に歩いている。犬好きの私は、しつけのいい犬たちに感心した。
 犬は日本でも、古来から人間の暮らしとともに親しんできた愛すべき小動物だ。

※画像をクリックすると大きい画像が表示されます。

 曲亭(滝沢)馬琴は「南総里見八犬伝」という大著を28年かけて109冊、残した。人気作は歌舞伎化され、今年の国立劇場初春公演でも上演された。
 里見家再興のため活躍する八人の犬士たち。里見家の息女、伏姫(ふせひめ)から誕生した。赤子を産み落としたのではなく宝珠が八つ天空に飛び去り、その玉を所持し、身体に牡丹の痣(犬の斑・ぶち)がある男たちが、犬士に成長する物語。姫の伏という文字に「犬」その姫を護衛する不思議な力の犬が「八房(やつふさ)」姫と犬の霊魂が八人に受け継がれたという伝奇文学。
 NHKテレビの人形劇「新八犬伝」(昭和48年)辻村寿三郎の人形が大人気。とりわけ「たまずさ」という怨霊のまがまがしさが、ドラマ全体を支配した。スーパー歌舞伎「八犬伝」へと命脈は続く。
 その犬士の一人、犬塚志乃は女性と見まごう美少年。京舞・井上流に義太夫・上方唄「志乃」がある。前半は娘姿、後半は刀を持ち立ち回りを見せる。ドラマチックなこの舞は井上流だけに伝承されている。

 役者や舞踊家は犬の着ぐるみで活躍する。歌舞伎舞踊に長唄「丁稚」がある。御用聞きや配達で犬に出会い吠えられることが多かった。花道から登場する丁稚の後を犬が追ってくるが仲が良い。後半は犬が手拭を使って恋人のようにからむ「クドキ」歌詞には・・・とあって楽しくかわいいので子供の踊りでもよく出る。
 黙阿弥の世話物「盲長屋梅加賀鳶」は道玄という按摩が悪者。急病の旅人を療治しながら、殺して懐の金を奪う。落とした煙草入れから罪が露見。最後の逮捕のきっかけは血みどろの着物。それを咥えて出るお手柄は犬。道玄の自宅の「縁の下」から見つかる。

 効果音として歌舞伎でも犬の遠吠えは欠かせない。弟子が陰で出したり、お囃子の人が鳴くこともある。夜の雰囲気が出る。
 狂言で犬は「わんわん」と鳴かない。「びょうびょう」という。600年前の日本では「うをーん うをーん」という遠吠えが、そう聞こえたらしい。「柿盗人」という作品で、木の上にいる犯人を発見した柿畑の持ち主が、からかって「犬かなあ?」というと「びょうびょう」と鳴く場面がある。
 犬とともに暮らした日本人、犬は安産。腹帯は戌の日に締める。これで今月は締めくくろう。