古典の日絵巻Picture scroll
「古典の日」からとっておきの情報や
こぼれ話などをお届けします。
古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]
『源氏物語』には、驚くほどたくさんの植物が登場します。千年前に紫式部が見た植物を京都府立植物園で年間を通して観賞することができます。物語に登場する植物は、それぞれ女性達の姿として例えられ、お互いが交わす文に詠われてきました。植物大好き!『源氏物語』大好き!!な、松谷茂名誉園長のお話を片手に植物園にお花を探しに出かけましょう!!
-
3月 樺桜(カバザクラ)
-
2月 梅(ウメ)
-
1月 竹(タケ)
-
12月 松(マツ)
-
11月 山橘(ヤマタチバナ)
-
10月 檀(マユミ)
-
9月 藤袴(フジバカマ)
-
8月 吾亦紅(ワレモコウ)
-
7月 末摘花
-
6月 橘
-
5月 撫子
-
4月 山吹
第一号 平成31年4月1日
4月 山吹
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂
「ホンマモンの植物で勝負」、のスローガンで入園者増対策にまい進していたころ「源氏物語の植物を園内地図にあらわしましょう」と立案し、実行してくれたのが、当時課長の金子明雄さん(後に、第十代園長)。源氏物語千年紀(2008(平成20)年)の2年前のことでした。
源氏の植物80種以上に出会える京都府立植物園。
植物を理系のみならず文系的側面からも論じたい、とかねてから思い描いていた私は、このことが契機となり「源氏物語に登場する植物」に至りました。
情報の圧倒的に少ない時代に、100種以上もの植物を物語に登場させた紫式部。彼女の超天才的な観察眼に思いをはせ、私なりの解釈も交えつつおとどけします。
春、谷沿いの山道を歩いていると、はっとする黄色に出会うことがあります。山吹は、まわりがまだ無機質色の山の斜面下部にあって、湾曲した細い枝に黄色の花を連続して咲かせ、まるでスポットライトを浴びているかのように輝きます。紫式部は、どこかの山道でこの光景に出くわしたとき、玉鬘を思い浮かべたのでしょうか。
山吹が最初に登場するのは第5帖「若紫」。
白き衣山吹などの萎えたる着て走り来たる女子
そのあとも着物の色目を具象化する表現の一つとして出てきます
葡萄染めの織物の御衣、また山吹かなにぞ、いろいろみえて 第6帖「末摘花」
紅、紫、山吹の地のかぎり織れる御小袿などを着たまへるさま 第7帖「紅葉賀」
植物としての初登場は、第21帖「少女」。
御前近き前栽、五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅などやうの春のもてあそびをわざとは植ゑで
六条院春の庭に、梅や桜、藤などとともに植栽された華やかな光景が目に浮かびますが、
京都は綴喜郡井手町の玉川が、当時から山吹の名所であったことを示す歌も登場します。
春の池や井出のかはせにかよふらん岸の山吹そこもにほへり
第28帖「野分」では、春の庭に八重山吹の咲いている様が描かれ、この花を紫式部が見ていたことにたいへん驚きました。
山吹の花びらは5枚が基本。雄しべ、雌しべが突然変異を起こして花弁化するとそれは八重咲になるので、八重山吹が自然界に存在してもなんら不思議ではないのですが、突然変異はどこにでも発生するものではないし、そう簡単には見つからないからです。山の中でそれを見つけ、庭に植えた人がすばらしい!
山吹の花びらは5枚が基本 | 八重山吹を見つけ出した紫式部の観察眼に驚き! |
世界に誇る日本の園芸植物文化発生期の室町時代に、豪華な花付きの八重山吹を花材として利用するのはわかりますが、それよりかなり前に八重山吹を見つけ出し、すでに鑑賞の対象としていた紫式部の観察眼に驚くと同時に、源氏物語の持つ植物誌的な価値評価を学術的に考証する必要性もあるのでは、と感じます。
六条院夏の町の西の対に住む玉鬘は、源氏と夕霧から山吹にたとえられました。
源氏は、正月用の衣配りに、明るく華やかな山吹襲の晴れ着をプレゼント。
曇りなき赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対に奉れたまふを 第22帖「玉鬘」
台風見舞いに源氏に同行した夕霧の目には、垣間見た玉鬘は八重山吹のように美しいと映りました。
八重山吹の咲き乱れたる盛りに露かかれる夕映えぞ、ふと思ひ出でらるる 第28帖「野分」
紫式部は、山吹の咲く枝をたどった株元に、玉鬘の母・夕顔の姿を重ね合わせて構想を練ったことでしょう。
[参考図書]
阿部秋生ほか校注 源氏物語 新版日本古典文学全集 小学館 2017年
上坂信男 源氏物語 その心象心理 笠間選書 1977年
本田一泰ほか 花びき源氏物語 未刊行 2008年
スタンプラリーにチャレンジ!!今月のスタンプ Design by 京都美術工芸大学 総合デザインコース 郡司桃子さん |