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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]
『源氏物語』には、驚くほどたくさんの植物が登場します。千年前に紫式部が見た植物を京都府立植物園で年間を通して観賞することができます。物語に登場する植物は、それぞれ女性達の姿として例えられ、お互いが交わす文に詠われてきました。植物大好き!『源氏物語』大好き!!な、松谷茂名誉園長のお話を片手に植物園にお花を探しに出かけましょう!!
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3月 樺桜(カバザクラ)
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2月 梅(ウメ)
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1月 竹(タケ)
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12月 松(マツ)
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11月 山橘(ヤマタチバナ)
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10月 檀(マユミ)
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9月 藤袴(フジバカマ)
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8月 吾亦紅(ワレモコウ)
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7月 末摘花
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6月 橘
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5月 撫子
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4月 山吹
第九号 令和元年12月1日
12月 松(マツ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂
『源氏物語』には100を超える植物が取り上げられ、なかでも松は60回超と最も多く登場します。このことからも作者・紫式部は、日常目にする山紫水明の光景に当たり前の存在であった松を重要視し、「あはれ」世界のキーポイントの一つとして各地の松の生きざまを観察し、その過程から、壮大な物語の展開構想を練っていったのではないでしょうか。
当時、長寿・繁栄の象徴とされていた松は、物語ではまた、自然風景の描写のみならず、人を「待つ」の掛詞、アナログの遊び(「小松引き」※注)など、いろいろな場面・状況で、季節を問わず登場します。
私の特に気になった松は「二葉(ふたば)の松」。第18帖「松風」と第19帖「薄雲」に登場する「二葉の松」描写場面の最大のクライマックスは、第19帖「薄雲」の母娘生き別れのシーン。
大人の、強引なまでの身勝手あまりある理不尽さがまかり通っていた時代の出来事とは言え、私の頭は混乱、しばしの間読み進むことができませんでした。
大人の事情などわかろうはずのない姫君(明石の姫君)は、いつもなら車に一緒に乗る母(明石の君)が乗らないので、袖を引っ張って促したけれども、車に乗れない状況にある母は、悲しみのあまり激しく泣きました。
姫君は、何心もなく、御車に乗らむことを急ぎたまふ。
寄せたる所に、母君みづから抱きて出でたまへり。
片言(かたこと)の、声はいとうつくしうて、袖(そで)をとらへて「乗りたまへ」と引くもいみじうおぼえて
明石:末遠き二葉の松にひきわかれいつか木(こ)高きかげを見るべき
えも言ひやらずいみじう泣けば、さりや、あな苦しと思して
母親のつらい心情を詠んだこの歌の現代語訳は「いつになったら、引き裂かれ別れた姫君の、大きくなった姿(小高きかげ)を見ることができるのでしょうか。」
登場する「二葉の松」は幼い姫君を表象、「二葉」は芽を出したばかりの二枚の葉、といった解説がほとんどです。がしかし、私は「二葉の松」=「幼い姫君」とする解釈に疑問を抱きました。
樹木のタネから発芽する最初の葉・子葉(しよう)は、被子植物の場合二枚発生、これが故に双子葉植物と称する所以なのですが、マツなど裸子植物の場合は数本が発生します。
このことから紫式部が見た二葉は子葉ではなく、ある程度大きくなった樹齢3年以上のマツの葉ではなかったのか。マツの葉は、束ごとに二枚付きます。彼女はこの束の元は一本につながっている葉が二本に分かれていることを観察し、一本を母にもう一本を姫君になぞらえ、この歌を詠んだに違いない、と思うのです。
文中に出る「松」についてもう一つ気になっていることがあります。その「松」は、現代の植物分類上で言うところのアカマツなのかクロマツなのか。紫式部の見た「松」はこのどちらかであることに違いないのですが、ヒントは分布域の環境にあります。アカマツは乾燥に強いから、一般的には内陸の斜面中・上部から尾根部に(岐阜県の位山スキー場では、斜面の下部にりっぱなアカマツが生育していますが)、クロマツは耐潮性があるから海岸付近に分布します(防潮林に多い)。
物語を読み返し、その「松」が生えている生育環境を想像たくましく考えてみてはいかがでしょう。
明石の姫君3歳、明石の君22歳、光源氏31歳
[参考文献]
阿部秋生ほか/源氏物語2/新版日本古典文学全集/小学館/2017年
石田穣二ほか/源氏物語三/新潮日本古典集成/新潮社/平成17年
鈴木一雄ほか/源氏物語の観賞と基礎知識33/竹林舎/平成16年
※注「小松引き」…平安時代、お正月最初の子(ね)の日に野山に出かけ、小松を引き抜いて長寿・繁栄を願いました。アカマツ、クロマツは直根性で根が長く、長い根を引き抜くとそれだけ代が繁栄するなど縁起のよいものとされていたようです。
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