「四季草花草虫図屏風」(蝶・蜻蛉)鈴木其一「春秋草木図屏風」

俵屋宗達「双犬図」※作品画像はすべて部分、細見美術館蔵

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「古典の日」からとっておきの情報や
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古典の日絵巻 第十巻:京の美を担う次世代の作家たち

古典の日絵巻「第十巻:京の美を担う次世代の作家たち」をお届けいたします。
今年度は12回に亘り、それぞれのジャンルで活躍される作家の皆さんから、ものづくりやお仕事にかける想いを綴っていただきます。伝統と先端の間に立って挑戦し、誕生するものとは一体どのようなものでしょうか。作家の皆さんの手によって誕生するまでの知っているようで、知られなかった世界をお話いただきます。

第11回

平井 恭子(ひらい きょうこ) 佐藤木版画工房摺師

大阪生まれ。京都精華大学美術学部版画専攻卒業後。1998年に佐藤木版画工房摺師の佐藤景三氏に師事。伝統的な木版画の摺りの技術を学ぶ。2011年から国際交流基金主催事業でタイ、アメリカ、ロシアなどの大学や美術館で実演、ワークショップ講師を務める。2014年、京もの認定工芸士(京版画)の称号を取得。2015年第9回国際版画会議(中国、中国美術学院)、2017年第3回国際木版画会議(アメリカ、ハワイ大学)にて伝統的な木版画の技術を実演。現在、文化庁選定技術保存団体・浮世絵木版画彫摺技術保存協会京都支部理事、京都精華大学非常勤講師。

 

再現するということ〜まるでそのものがそこにあるように~

 木版画は仏教の普及に伴って印刷技術として発展し、町人文化が成熟してくる江戸時代には多彩な色が摺られた浮世絵が誕生しました。やがて江戸時代に生まれた浮世絵の技術が近代に入ると成熟し、印刷技術としての再現性が高まってきます。

 ここ京都では地場産業として勢いのあった染織の見本帳、図案集が数多く出版されました。その中に約100年前に西陣織物館が企画し美術出版社・芸艸堂(うんそうどう)が制作した『綾錦(あやにしき)』という図案集が出版されました。国内外の古代から近世までの能衣装や小袖として使われた貴重な古裂、名物裂など京都画壇を代表する前川喜三郎、山鹿清華(やまがせいか)、岸本景春(きしもとけいしゅん)などの描き手が模写をし、当時の名工の彫師・摺師が当時最も精巧だった木版印刷の彫り摺りを手掛けたものでした。


綾錦 表紙

綾錦 目次

綾錦
大正5年から14年にかけて刊行された『綾錦・第八巻 古渡金更紗(こわたりきんさらさ)』(所蔵・根津嘉一郎 模写・小合友之助)。西陣織、組紐による和綴の装丁本。

 

 同じ木版画でも浮世絵と『綾錦』に代表される「京版画」とでは、どのような違いがあるのでしょうか。

 浮世絵の技術の特徴の一つに挙げられるのは透明感。薄く溶いた絵の具を刷毛で版木にのせ、バレンで繊維がきめ細やかな和紙に摺り込むことで透明感を表現する。

 一方、「京版画」は描いた筆致(ひっち)を再現させるために彫師は線を追って版木を彫り、摺師は色を合わせて筆の動きを追って摺る。そのため使う絵の具も描かれた絵の具の濃度に近いものを使い、和紙に摺りこむというよりも摺りこみつつ絵の具をのせるようにして摺る。浮世絵のように輪郭線の中に色を摺り込んでいく過程とは違って、版の構成も彫師に力量に委ねられ、彫師が限られた数枚の色分けし、複雑な版の構成や意図を読み解かなければならない。ふんわりとした柔らかさなどの質感をどのように表現するかは両者のコミュニケーションがないと成り立たない。

 『綾錦』を実際摺ってみて、いつも摺っていた浮世絵の「絵」としての作られ方や版の仕組みの違いを感じ、どのように摺られたのかわからないような技術がたくさんありました。ほつれた糸や厚みを持った刺繍糸、染められた古裂の柔らかさ、美しい名物裂がまるでそこにあるように木版画として生まれ変わっていました。写真印刷が海外から流入してくるなか、古典の時代から培った近代の木版画の印刷技術は高度な再現性を持っていて、それは今も変わらずに最先端の技術で、再現し続けてこそ作品に命が宿り、生き続けているのかもしれません。

 100年前にも技術の刷新があり、今と同じように環境や材料の変化があったなか、真剣に作品に取り組み、考え、手を動かした成果が作品として遺っていることに感謝し、それを再現することで技術の結晶を過去のものにせず、次世代に遺して繋げていけたらと思っています。

<木版画に使う道具・材料>

刷毛
毛は馬の尾っぽの毛でできている。大小様々な形があり、摺る版面の大きさによって使い分ける。
顔料
粉末状の顔料を乳鉢で練る。また色によっては膠(にかわ)を入れて練り、小皿に移して色を調節する。
バレン
竹の皮を細く割いて撚られたコイル状のものをバレン芯、古い和紙を何枚も張り合わせて表面を漆で固めたものを当て皮といい、それらを真竹の皮で包んだもの


<制作工程>

毛たんぽ
京版画によく見られる技法の一つ「浮かし摺り」。通常の摺りでは馬の尾の毛で作られたブラシと呼ばれる刷毛を用いるが、この場合、粘りの強い顔料を人毛を入れて弾力性を持った「毛たんぽ」という道具を使い、版に色を置き、摺り込まずに軽く摺った。そうすることによって、絵の具の厚みが紙の上に施され、絵の具を置いたような立体感が表現できた。

 


『綾錦 第八巻 古渡金更紗』(芸艸堂)摺・平井恭子
※画像をクリックすると大きい画像が表示されます。

「私のこの一作」

『綾錦 第8巻 古渡金更紗 所蔵・根津嘉一郎 模写・小合友之助』

この作品は10年ほど前に『綾錦』を出版した美術出版社・芸艸堂で見せていただいた中で、土着的な赤い色が印象的な作品でした。摺られた当時はもっと映えた赤だったかもしれません。時間を経て柔らかく落ち着いた優しい色になっていたが確かな存在感がありました。版木を前にして摺る時、「あの赤い色どうやって出そうか」と考えました。当時使われていた顔料は今では生産中止になっているものもありましたから。そして色だけではなく今ではほとんど使われていない細かな技術で摺られています。例えば「毛たんぽ」という道具を使った『浮かし』いう技術、和紙にぽってり顔料を「浮かす」ように乗せる技術など、『綾錦』を摺った経験のある親方や兄弟子に相談しながら、時間をかけて完成させました。およそ100年前の17枚の版木は教えてくれることばかりでした。