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「古典の日」からとっておきの情報や
こぼれ話などをお届けします。
古典の日絵巻 第十巻:京の美を担う次世代の作家たち
古典の日絵巻「第十巻:京の美を担う次世代の作家たち」をお届けいたします。
今年度は12回に亘り、それぞれのジャンルで活躍される作家の皆さんから、ものづくりやお仕事にかける想いを綴っていただきます。伝統と先端の間に立って挑戦し、誕生するものとは一体どのようなものでしょうか。作家の皆さんの手によって誕生するまでの知っているようで、知られなかった世界をお話いただきます。
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3月 江里 朋子 截金作家
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2月 平井 恭子 木版画摺師
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1月 羽田 登喜 染色工芸家
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12月 種田 真紀 絵付師
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11月 山本 茜 截金ガラス作家
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10月 八木 隆裕 茶筒職人
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9月 青山洋子 和菓子職人
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8月 杉本晃則 塗師・島本恵未 蒔絵師
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7月 小倉智恵美 竹工芸作家
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6月 伊東庄五郎 御所人形師
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5月 諏訪蘇山 陶芸家
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4月 吉岡更紗 染色家
第8回
山本 茜(やまもと あかね) 截金ガラス作家
石川県金沢市生まれ。京都市立芸術大学日本画在籍中に截金に出会い、重要無形文化財「截金」保持者の江里佐代子氏より伝統的截金技法を教わる。大学卒業後、截金を主体とした新たな表現の可能性を求めて富山ガラス造形研究所へ入学してガラスの成形技術を習得し、「截金ガラス」を創造する。2011年、京都へ戻り個人工房を設立。作品のテーマは身の周りの自然や古典文学など。特に源氏物語五十四帖の制作をライフワークとする。2021年、第1回「古典の日文化基金賞」受賞。
截金を主役にしたい
よく聞かれるのが、「なぜ截金(きりかね)をガラスに入れることを思いついたのですか?」という質問です。
截金とは金箔を細く線状、または三角、四角などに切って、貼りながら文様を描く技法です。主に仏像や仏画を荘厳するための装飾技法として伝承されてきました。輝く金線で紡がれた精緻な幾何学文様は、世界で最も美しい装飾技法と言っても過言ではありません。
私はその截金を装飾としてではなく、一芸術表現として截金を主体にした表現で作品を作りたいと考えました。最初は自分で描いた日本画や木工芸品、陶磁器、絹織物など様々なものに截金を施してみましたが、出来上がったのは截金で飾った絵、箱、オブジェなどで、截金は美しいが故にどうしても装飾になってしまって、主役にすることはできず悩み抜きました。では、視点を変えて「装飾とはいったい何なのか」と調べたところ、とある辞書に「装飾とは、ものの表面に最後に施すもの」とありましたので、それでは表面に貼らなければそれはもはや装飾とは言えないのではないかと思いつき、截金を表面から引き剥がし、独立させて宙に浮かせようとしました。そうすれば確かに截金だけを見てもらえて、截金を主役にできます。しかしさすがに繊細な金箔を空中に漂わせるのは無理がありましたので、何か透明なもので挟めば同じように見えるかもしれないと考え、ガラスという素材に行き着き、截金ガラスが誕生しました。
截金ガラスはまさに「截金を主役にしたい」という私の願いの結晶なのです。
ガラス面でも截金は従来通り伝統的な方法で施します。
截金作業とは対照的に、ガラスの加工は力仕事です。
源氏物語シリーズ 第四十帖「御法」
『源氏物語シリーズ 第四十帖「御法」』は三次元になった截金がよくわかる作品です。ガラスの中の截金がガラスの光学的特性により屈折して螺旋状に繋がり、葬送の煙とともに紫の上の魂が天へ昇っていく様を表現しています。
源氏物語とともに
『源氏物語』に出会ったのは中学生の古文の授業でした。人生の示唆に富んだ内容に夢中になり、物語の中に生き方の答えを求めては読み返し、愛読書となりました。常に傍らにあった『源氏物語』を作品のテーマに選んだのは私にとって自然なことでした。
截金はまさに『源氏物語』が紡がれた平安時代に隆盛した技法ですので、その時代の雅な雰囲気があり、『源氏物語』の制作にはぴったりの技法です。日本文学の最高傑作ともいわれる『源氏物語』の奥深い世界観を作品として可視化できるようになったのも、立体となった截金文様に加え、ガラスの色彩や形態、反射・屈折といった光学的特性など、表現の要素が多岐にわたる截金ガラスだからこそ実現したのです。
最終融着が終わった作品と、その実物大模型と設計図。
源氏物語シリーズ 第四十五帖「橋姫」
上の設計図通りに削り出し、完成した作品。
「私のこの一作」
源氏物語シリーズ 第三帖「空蟬」
空蟬の身をかへてける木のもとに
なほ人がらのなつかしきかな (源氏)
空蟬の羽におく露の木がくれて
しのびしのびにぬるる袖かな (空蟬)
空蟬が脱ぎ捨てていった薄衣をイメージして作りました。
国宝「源氏物語絵巻」中の衣裾の表現は特徴的で、まるで折り紙のように山折り、谷折りと、直線的に描かれます。「空蟬」の制作は、この独特な衣の表現をガラスの中に立体的に再現することに挑戦しました。
三次元にねじれたガラス面を正確に3面繋ぎ、融着するのは至難の技で、0.01mm 単位での研磨の精度が要求されました。融着が成功した時の喜びは忘れられません。薄衣は本来は単衣で単色なのですが、空蟬のイメージから2色のほうが適していると思い、歌の内容からの蟬の羽の襲(かさね)<表:濃紫、裏:青>としました。截金文様は三重襷(みえだすき)と幸菱(さいわいびし)。三重襷は空蟬の控えめだけど品のある美しさに相応しく、裾の幸菱は単衣によく用いられた文様です。ガラスに映り込んだ時に向こう側へ文様が繋がるように丁寧に調整して研磨をしました。
完成まで3年を要した作品で、イメージ通りに仕上がり思い入れの一際深い作品になりました。