「四季草花草虫図屏風」(蝶・蜻蛉)鈴木其一「春秋草木図屏風」

俵屋宗達「双犬図」※作品画像はすべて部分、細見美術館蔵

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「古典の日」からとっておきの情報や
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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

『源氏物語』には、驚くほどたくさんの植物が登場します。千年前に紫式部が見た植物を京都府立植物園で年間を通して観賞することができます。物語に登場する植物は、それぞれ女性達の姿として例えられ、お互いが交わす文に詠われてきました。植物大好き!『源氏物語』大好き!!な、松谷茂名誉園長のお話を片手に植物園にお花を探しに出かけましょう!!

松谷 茂

(まつたに しげる)

京都府立植物園名誉園長/京都府立大学客員教授

京都大学大学院農学研究科修士課程森林生態学専攻。1975年京都府入庁(農林部林務課)。京都府立植物園技術課長。2006年6月京都府立植物園第9代園長就任。2006年~2009年度連続4年入園者数70万人超え(国内総合植物園では4年連続No1入園者数)達成。2010年5月京都府立植物園長退任(定年退職)し、京都府立植物園初となる「名誉園長」の称号を贈られる。現在、京都府立大学大学院生命環境科学科研究科客員教授、京都府立植物園名誉園長。

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古典の日絵巻[第八巻:わたしの源氏物語植物園]

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古典の日絵巻第八巻 わたしの源氏物語植物園

樺桜

第十二号 令和2年3月1日

3月 樺桜(カバザクラ)
京都府立植物園名誉園長 松谷 茂

光源氏が最も愛した女性は、紫の上。彼女がたとえられた花は「樺桜(かばざくら)」。ここまではよくわかるのですが、ではその樺桜は現代にいう何という名の桜なのか?これ難題です。

樺桜は第28帖「野分」と第41帖「幻」に登場。
「野分」では、夕霧が垣間見た三人の女性(紫の上、玉鬘、明石の姫君)の容姿に対する感想を述べる場面がありますが、義理の母である紫の上の姿をはじめて見て感じた印象的なシーンに樺桜が描かれます。

 

御屏風(びやうぶ)も、風のいたく吹きければ、押したたみ寄せたるに、見通しあらはなる、
廂(ひさし)の御座(おまし)にゐ給へる人、ものに紛るべくもあらず、気高(けだか)くきよらに、さとにほふ心地して、
春の曙(あけぼの)の霞の間(かすみのま)より、おもしろき樺桜(かばざくら)の咲きみだれたるを見る心地す。

15歳の夕霧が台風見舞いに六条院を訪れたとき、廂の間に座っている紫の上を垣間見するのですが、気高く清らかで華やかに輝くよう、まるで春の曙の霞の間から美しい樺桜が咲きこぼれているのを見る心地がしますと評し、紫の上のあまりの美しさに完全にノックアウトされた様子が描写されています。

 

オオヤマザクラ・御苑

ここで気になるのは、では樺桜の開花時期はいつなのか。「幻」の帖に解決の糸口が見つかるのですが、これがまた難題です。
紫の上が亡くなった翌年の春、六条院の庭前に咲く花の開花順が描かれるシーン。

 

山吹などの心地よげに咲き乱れたるも、うちつけに露けくのみ見なされたまふ。
外(そと)の花は、一重(ひとえ)散りて、八重(やへ)咲く花桜(はなざくら)盛り過ぎて、樺桜(かばざくら)は開け、
藤はおくれて色づきなどこそはすめるを、そのおそくとき花の心をよく分きて、いろいろを尽くし植ゑおきたまひしかば、
時を忘れずにほひ満ちたるに、…

山吹のあとに桜が咲き、桜が終わると藤が咲きはじめます。この順番は千年前も現在も変わらないのですが、問題は桜の種類の開花順。
桜は花びらの枚数で一重(ひとえ)咲き、八重(やえ)咲きと分けますが、開花はふつうこの順に咲きます。
八重咲きの桜の後に咲き、紫の上にふさわしい華やかで美しい桜とはなんなのか、なんとも悩ましい!

 

大山桜

植物園に勤務(平成7年(1995)4月)しはじめた3~4年後の春、東京からの御来園客に「ここの植物園に、源氏物語に出る樺桜はありますか」と質問されました。サクラにはある程度自信があったのですが、樺桜は全くわかりません。答えの糸口がつかめず悩んだ末、林野庁管轄の森林総合研究所多摩森林科学園の当時の樹木研究室長に問い合わせたところ2000年7月、懇切丁寧な返事をいただき、源氏物語に出る「樺桜」は現在の「オオヤマザクラ(大山桜)」ではないかと推論、この詳細を後日『源氏物語の樺桜』として、「櫻の科学8 財団法人 日本さくらの会 2001年」に発表されました。
河海抄(かかいしょう)(注1)「野分」に、樺桜は「花の色はうす紅にてことさら艶なる花なり」とあります。

(注1)河海抄…南北朝時代の源氏物語注釈書で、以後の物語研究に大きな影響与えた。

 

オオヤマザクラ

植物園に咲くオオヤマザクラの花の裏側から太陽光を透かして見たある日の午後、淡紅色の花びらにうっすらと紫の光を感じました。

紫の上の幻影だ!
オオヤマザクラは一重咲きの桜で、分布は信州から北海道。
樺桜はオオヤマザクラとする説にいくつかの疑問も残ります‥‥。
が、しかし、樺桜は幻のまま、永遠なる樺桜!!永遠なる若紫!!

一年間のご愛読、ありがとうございました。感謝、深謝。

 

[参考図書]
玉上琢彌/源氏物語評釈第5巻、第9巻/角川書店/1983年
横山敏孝/「源氏物語」の樺桜/櫻の科学8/財団法人日本さくらの会 2001年
瀬戸内寂聴/源氏物語 五/講談社/2002年
林 望/謹訳源氏物語 五/祥伝社/平成23年
鈴木一雄 監修/源氏物語の鑑賞と基礎知識 21/平成14年
秋山 虔 監修/週刊絵巻で見る源氏物語五十四帖 28/2014年

 

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