古典の日絵巻Picture scroll
「古典の日」からとっておきの情報や
こぼれ話などをお届けします。
古典の日絵巻第十四巻「古典の魅力を伝え隊!~高校生が読む古典の世界~」
みなさん、こんにちは。
令和7年度は、私たち京・平安文化論ラボが、古典の日絵巻を担当いたします。私たち高校生の目線で読み解いた古典の世界を、1年間お楽しみください。
-
12月号 蓬のなかに佇む花 末摘花
-
11月号 ツンデレお姫様 葵の上
-
10月号 教養と実践を融合した探究
-
9月号 枕草子のゆかりの地へ
-
8月号 紫の上との出会い
-
7月号 源氏物語の輝く華
-
6月号 古事記って何?
-
5月号 光源氏の母 桐壺更衣
-
4月号 京・平安文化論ラボの活動

氏名 : 前田 舞桜
趣味 : カラオケ
好きな時間 : 親が寝た後、夜中にお菓子を作るとき
私の目標 : 香りに関する仕事がしたいです
蓬のなかに佇む花 末摘花
みなさん、『源氏物語』に登場する末摘花についてご存知ですか?数多くの女性たちが出てくる『源氏物語』の中で「唯一の不美人」とされている姫です。でも、彼女には他の女性たちにはない魅力があります。今日は、その末摘花についてお話しします。

光源氏、末摘花と出会う
光源氏は、ある姫の噂を耳にします。
①「心ばへ容貌(かたち)など、深き方はえ知りはべらず。かいひそめ人疎(うと)うもてなしたまへば、さべき宵(よひ)など、物越しにてぞ語らひはべる。琴(きん)をぞなつかしき語らひ人と思へる」と聞こゆれば
①〈訳〉命婦が、「姫君の気性や器量など、詳しいことは存じません。ひっそりとお暮らしで、誰ともお付き合いになりませんので、何ぞ用事のある宵などに、物を隔ててお相手をいたします。琴だけを、特別に親しい友と思っています」と申しあげると、 (1)末摘花 P.267
光源氏は、父親である常陸宮と死別し、琴を友としてひっそりと暮らしている姫がいると聞き、興味を持ちました。そこで、彼女の琴の音を聴きに行ったり、手紙を送ったりします。でも、全然反応がない! 末摘花は人との関わりが少ないせいか、すごく慎重で、必要以上に遠慮してしまうのです。光源氏は行き過ぎた奥ゆかしさや、心待ちにしていた返歌の古風さに落胆するけれど、彼女の身分を思うといたたまれず、面倒をみることを決めます。

末摘花の外見
そしてついに、光源氏は彼女の姿を目にします。その描写がまた衝撃的です。②をご覧ください。
②うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは鼻なりけり。ふと目ぞとまる。普賢菩薩の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、先の方(かた)少し垂(た)りて色づきたること、ことのほかにうたてあり。
②〈訳〉続いて、なんと不格好なと思われるのは鼻なのであった。思わずそこに目がとまる。普賢菩薩の
乗物かと思われる。あきれるばかり高く長く伸びていて、先の方が少し垂れて赤く色づいているのが、
ことのほか見るに堪えない感じである。 (1)末摘花 P.293
鼻は「普賢菩薩の乗り物」、つまり、象みたいと言われています。その後にも顔に関する描写があまりに長すぎるので、数えてみると、300字ぐらいありました!原稿用紙埋まりますよ…!?また、彼女の名前である末摘花(紅花)の由来となった赤の描写とともに、この表現は光源氏と読者に強烈なインパクトを与えたに違いありません。このほかにも、
③居丈(いだけ)の長く、を背長(せなが)に見えたまふに、
③〈訳〉まず第一に、居丈が高く背まがりにお見えになる (1)末摘花 P.292
③には、座高も高く、胴長、猫背、と描かれています。これだけ言っていても、姫君ではあるので、尊敬語の給ふ、は使われていますね。
④なほ下がちなる面やうは、おどろおどろしう長きなるべし。
④〈訳〉下半分も長い顔だちは、多分おそろしく長顔なのであろう。 (1)末摘花 P.293
④では、顔はおどろおどろしく長い、と描かれています。『おどろおどろし』を辞書で引いてみると、「いかめしい、恐ろしい、気味が悪い」という意味でした。顔に使う言葉ではないですよね、これ。
⑤頭(かしら)つき、髪のかかりはしも、うつくしげにめでたしと思ひきこゆる人々にもをさをさ劣るまじう、袿(うちき)の裾(すそ)にたまりて引かれたるほど、一尺ばかり余りたらむと見ゆ。
⑤〈訳〉頭の形と髪のかかり具合だけは見るからに美しく、これはと申し分がなくお思い申しあげる方々に比べてもほとんど負けを取ることもなさそうで、袿の裾にふさふさとたまって、その先に引きずっている部分は、一尺ばかりも余っているかに見える。 (1)末摘花 P.293
⑤では、『めでたし』と髪だけはすごく美しいと褒められていますが、容姿が優れず、さらに控えめすぎる性格で、笑う姿もぎこちない。そんな姫に光源氏は歌を詠みますが、彼女は「むむ」と笑うだけで、言葉を返しません。すぐに返歌ができないのです。そんな末摘花に光源氏は愕然としましたが、世話をすることができるのは自分だけだと思い、細々と援助をするようになりました。
二人が出会った年の暮れ、末摘花は光源氏に正月の晴れ着としてくすんだ今様色の単衣と、表裏同じような、濃い紅色の直衣を贈ります。艶のない、端的に言うとダサい。そんな衣でした。
⑥からころも君が心のつらければたもとはかくぞそぼちつつのみ
⑥〈訳〉あなた様の冷たいお心が恨めしく思われますので、私の袂はこんなにも濡れどおしでございます (1)末摘花 P.299
⑥が贈り物に添えられた和歌なのですが、『からころも』という書き出しは時代遅れだし、「あなたが冷たくて私は泣いております。」という、なんとも返事のしづらい歌で、光源氏はなかなか不満げだったことでしょう。このように、彼女は当時の美の基準からはかなり外れていたようです。光源氏は数々のできごとにショックを受けますが、それでも彼女を見捨てませんでした。
光源氏が須磨や明石へ行き、彼女のことを忘れてしまっても、末摘花はじっと待ち続けます。生活はどんどん苦しくなり、女房にも逃げられてしまいますが、それでも彼女は光源氏を信じ、貴族の誇りを守り続けました。
やがて光源氏が都に戻り、久しぶりに訪ねてきます。
⑦藤波のうち過ぎがたく見えつるはまつこそ宿のしるしなりけれ
⑦〈訳〉藤波が私に素通りしにくく見えたのは、それのからみついている松の木が、私を待つという宿のしるしだったからなのでした (2)蓬生 P.351
と光源氏が詫びながら詠むと、末摘花は、
⑧年を経て待つしるしなきわが宿を花のたよりに過ぎぬばかりか
⑧〈訳〉長い年月あなたのおいでをお待ちしておりましたが、そのかいもなかった私の宿を、藤の花をごらんになるついでだけで、お立ち寄りくださったのですか (2)蓬生 P.351
と、なじるように返しました。末摘花は、以前のように何も言えないのではなく、光源氏の⑦のような歌に対して、⑧のように、皮肉を交えた返歌を詠むまでに成長していました。育ちのいい姫は、このように詠むことで余裕さを演出するそうです。彼女はただの「奥ゆかしい姫」ではなく、時間はかかりましたが、自分の気持ちを伝えられる女性になっていました。その後、邸宅は光源氏の手厚い支援によって修復され、二年後には別宅である二条東院に引き取られ、古い歌や物語をよみながら穏やかな生活を送ったといいます。
紫式部が末摘花を『源氏物語』に登場させた理由
末摘花は、『源氏物語』の中では散々な容姿として描かれています。ですが、彼女の誠実さ、一途さ、そして貴族としての誇りを貫く強さは魅力的です。私はLINEの返事でさえ1週間どころか1日も待っていられませんが、現代の何倍も連絡を取りづらい平安時代に、大好きな光源氏をおよそ10年間も待ち続けた彼女。すごいですよね。最終的に光源氏も彼女を大切にし、穏やかな生活を送ることになります。見た目ではなく「心の美しさ」が評価される、そんなキャラクターです。美しい姫君がたくさん登場する『源氏物語』ですが、このような姫君が登場したのは、紫式部が内面の美しさを特に重視していたからではないでしょうか。見た目にとらわれず、心の美しさ、一途さを大切にすることを教えてくれる末摘花。みなさんも読んでいるうちに応援したくなると思います。ぜひ彼女に注目してみてくださいね。

※本文と訳は、小学館『新編日本古典文学全集』に準拠しています。なお、引用に際しては(巻、ページ数)で記載しました。
◆京都府立嵯峨野高等学校「京・平安文化論ラボ」の活動は、各SNSで更新中◆
Instagram:https://www.instagram.com/kyo_heian_labo/
X(旧Twitter):https://x.com/kyo_heian_labo


