「四季草花草虫図屏風」(蝶・蜻蛉)鈴木其一「春秋草木図屏風」

俵屋宗達「双犬図」※作品画像はすべて部分、細見美術館蔵

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古典の日絵巻[第九巻:古典作品で楽しむ和菓子]

古典の日絵巻第九巻 古典作品で楽しむ和菓子

現在の桜の有平糖 紫野源水製

第十二号 令和3年3月1日

3月 『餅菓子即席手製集』(もちがしそくせきてせいしゅう)と有平糖(あるへいとう)
株式会社虎屋 特別理事 虎屋文庫主席研究員 中山圭子

今回ご紹介するのは文化2年(1805)に刊行された製法書です。書名は「餅菓子」ですが、カステラや饅頭、羊羹など、77項目に及ぶさまざまな菓子類の製法が掲載されています。意外なのは、作者が、前回取り上げた『東海道中膝栗毛』の著者、十返舎一九(じっぺんしゃいっく・1765~1831) だということ。製法書を借り、菓子作りに精通した人の指示をうけてまとめたという体裁で、狂言の太郎冠者もどきの口上による序文、一九自ら描いた、カステラ作りの挿絵なども楽しめます。

とはいえ、肝心の製法には不親切な記述がありますので、あらっ?と思うことも。ここでは飴の一種、有平糖を例にあげましょう。有平糖は16世紀に日本にもたらされた南蛮菓子の一つで、原形はポルトガルのアルフェロア、あるいはアルフェニンという名前の砂糖菓子と考えられます。

まずは、版本としては初の菓子製法書『古今名物御前菓子秘伝抄』(1718)の作り方を見てみましょう。大まかですが現代語にすると、

①氷砂糖一升に水二升を入れて煮溶かし、絹でこして再び煮詰める ②匙で少しすくいとって水で冷やし、薄くのばしてはりはりと折れるくらいになったら、油をぬった銅の平鍋に移す ③鍋ごと水で冷やし、取り出して何度も引きのばし、白くなったら小さく切って、いろいろな形にする、という手順です。

これに対し、約90年後に刊行された一九の製法書では、

 

あるへいとう

一氷砂糖 一斤 銅鍋にてせんじつめ、かげんはへらにつけて水へ入、引のばし、

折て見るに、さくさくとおれるとき、外の銅なべにあぶらをひき、そこを水にひやし置、

右のせんじつめたるさとうをあけかへ、さまし置べし

という流れで、大雑把な印象です。最後は、冷まし置くで終わり、のばして形作りをすることが書かれていないという始末。これでは飴の塊にすぎません。有平糖の二つ前の項目、ちくう糖(飴の一種)に「あたたまりあるうちにあげ、はさみにて、よきほどにはさみ置、少し火にてあたため、形はいかやうにも好次第にこしらへ…」と書いているので、有平糖では省略したのでしょうか。江戸時代後期には、色鮮やかな縞模様、花・土筆などをかたどった細工物の有平糖が、富裕層の贈答品として好まれているので、そのあたりも踏まえて詳しい製法を書いてくれたらと思わずにはいられません。

ほかにも菓子の名前の表記違いや不十分な記述があることから、多忙な一九が版元の依頼をうけて、手間をかけず、まとめた本と解釈されています。絵も達者で才能豊かな一九のこと、有平糖ほか当時の菓子作りに興味をもって真剣に取り組んでいたら、ほかに例がない創作菓子の本が誕生したのではと思うのですが、どうでしょう。

 

インターネットで公開されている。本文中に、「餅菓子即席増補手製集」として、「手製」に「しゅせい」のルビが入っている箇所があるが、ここでは新日本古典籍総合データベースにあわせた表記にした。

 

参考:鈴木晋一・松本仲子編訳注『近世菓子製法書集成』全2巻 平凡社 2003年

 

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「古典作品で楽しむ和菓子」を1年間ご愛読いただきありがとうございました。お菓子が出てくる場面はどれもほほ笑ましくて、心に優しさを与えてくれますね。残念ながら今は口にすることのできないお菓子もいくつかありますが、その時の味を想像してページをめくると、あなたのお隣にお話の主人公が現れて語りかけてくれるかもしれませんよ。

文学作品の中には、この他にもたくさんのお菓子が登場します。ご紹介できないのが残念ですが、近い将来にまた、甘~いお菓子のお話をお届けさせていただければと思っています。それまで、たくさんの本を読んでご自身で発見いただけると幸いです。