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古典の日絵巻第十三巻「御簾の下からこぼれ出る女房装束」
こんにちは。赤澤真理と申します。朧谷先生からバトンを受け取り、今年から一年間、「古典の日絵巻」を担当させていただきます。
私の専門は、日本住宅史、主に寝殿造(しんでんづくり)の空間としつらい、女性の空間について研究しています。今年一年は、「御簾の下からこぼれ出る装束」を中心に、日本の住まいの文化についてひもといていきます。
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一月号 御簾を巻き上げる清少納言
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十二月号 源氏物語絵にみる光源氏の垣間見(かいまみ)
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十一月号 歌合・絵合における女房の出衣
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十月号 「源氏物語絵巻」柏木(三)にみる薫の生誕五十日のお祝い
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九月号 『紫式部日記』にみる紫式部の局
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八月号 「小野雪見御幸絵巻」にみる皇太后歓子のおもてなし
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七月号 「駒競行幸絵巻」にみる彰子の座
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六月号 「栄花物語」女性の賀宴に示された女房の袖口
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五月号 庭園にみる「八橋」の意匠-京都仙洞御所の場合
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四月号 源氏物語の場合に示された女房の袖口
一月号
御簾を巻き上げる清少納言
新年の1月号では、枕草子の一場面にある清少納言が御簾を巻き上げる場面をみてみましょう。昨年度の大河ドラマ「光る君へ」にもとりあげられていましたが、『枕草子』の象徴的な一場面といえます。
雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子(みこうし)まゐりて、炭櫃(すびつ)に火おこして、物語などしてあつまりさぶらふに、「少納言よ。香炉峰の雪いかならぬ」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。人々も「さる事は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。なほこの宮の人にはさべきなめり」と言ふ。
(二八〇 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて)
雪がたいそう深く降り積もっているのを、いつものようでもなく御格子を下ろしたままで、炭櫃に火をおこして、わたしたち女房が話などをして集まって伺候していると、中宮様が「少納言よ。香炉峰の雪はどんなであろう」と仰せになるので、女官に御格子を上げさせて、御簾を高く巻き上げたところ、お笑いあそばす。
他の人たちも「その詩句は知っており、歌などにまでも詠み込むのだけれど、思いつきませんでした。やはり、この宮にお仕えする人としては、そうあるべきなのでしょう」と言う。
香炉峰とは、中国江西省北端にある廬山(ろざん)の一峰で、形が香炉に似ているとされています。中宮定子は、唐の詩人・白居易の七元律詩にある「香炉峰ノ雪ハ簾ヲ撥ゲテ看ル」をもとに、少納言に問いかけます。すぐに清少納言は格子をあげさせ、御簾を高く上げたことが周囲から賞賛されるのです。
●「清少納言図」(土佐光起筆、東京国立博物館蔵)
本場面を描いた絵画は17世紀半ばころより、現存します。
図1の「清少納言図」(土佐光起筆、東京国立博物館蔵)は、簾の内側に清少納言と思われる女性が立ちます。簾ごしに清少納言の顔が隠されています。
【図1】 |
寝殿造の外周には、格子(蔀戸(しとみど))という建具がありました。柱の間に入れる建具の一つであり、板の両面あるいは一面に格子を組んでいます。上下二枚のうち上を長押(なげし)から釣り、上にはねあげて開くようにした半蔀(はじとみ)と、一枚になっているものもあります。(図2)
【図2】 |
格子は上下二枚に分かれていても重量があります。清少納言は女官に「御格子上げさせて」、みずから御簾を高くあげます。
「清少納言図」(土佐光起筆、東京国立博物館蔵)の絵画は、静かな清少納言の様子を表現していますが、実際には、動きのある情景であったことが想定されます。
●浮世絵師による御簾を持ち上げる清少納言
江戸時代後期の浮世絵師・鳥居清長(とりいきよなが 1752-1815年)の絵では(図3)、御簾の下に二人の女性が描かれています。左側の座っている女性が清少納言、右側の裳をつけている立った女性が中宮定子を表現しているのかもしれません。
【図3】 |
三代歌川豊国(うたがわとよくに 初代国貞1786-1865年)絵では、清少納言が御簾を巻き上げる様子を外側から描いています。たわんだ御簾をしっかりと持ち上げています(図4)。御簾の下からは女房装束の袖口がこぼれ出るかたちとなります。
本連載でみてきた「御簾の下からこぼれ出る装束」は、日常生活においてこのように、女房の袖口がちらりと見えることからはじまったのかもしれません。
江戸時代末期から明治中期に活躍したとされる歌川芳虎(うたがわよしとら)の絵は、雪の降りしきるなか、御簾を肩の上まで持ち上げています(図5)。ウエイトリフティングを思わせるたくましい清少納言となっています。
【図4】 | 【図5】 |
●上村松園の清少納言と柔らかな御簾の表現/span>
2021年に京都市京セラ美術館では、京都で活躍した女性画家「上村松園」の展覧会が開催されました。明治28年(1895)(北野美術館蔵)、大正6・7年(1917~18年)(個人蔵)の二つの清少納言図が展示されました。清少納言の装束は華麗に表現され、透けた御簾からは室外の雪持ち笹が描かれています。
いっぽう、宮内庁三の丸尚蔵館には、松園が貞明皇后の御用命を受け、20年以上かけて制作した「雪月花(せつげっか)」(昭和12年 1937)があります。「枕草子」「源氏物語」「伊勢物語」(とされる)の三幅対の掛軸で、簾を持ち上げる清少納言が描かれています。御簾の外側に袖口がこぼれ出ているような情景です。
松園が描いた清少納言図、北野美術館本等では室内からの清少納言、三の丸尚蔵館では室外からの清少納言を描いています。
●建築空間を復古的に描く
19世紀から明治・大正時代には、建物や室内の調度品等を、平安時代の様相に復古的に描く絵が登場します。
「雪月花図」(出光美術館、冷泉為恭(れいぜいためちか)筆)は、京都御所のなかの清涼殿において、帝の御前で清少納言が御簾を巻き上げる構図が絵画化されています。清涼殿の空間を熟知していた復古やまと絵師・冷泉為恭によって、帝の御前にあった御帳台(みちょうだい)や大床子(だいしょうじ)などを詳細に表現しています。
清少納言と周囲の調度、帝などを描く構図は、鎌倉時代の説話集である『十訓抄(じっきんしょう)』からの影響が指摘されています。
各々の清少納言に試行錯誤の様子がうかがえますね。こうして描き継がれた絵画が、今日の私たちの清少納言のイメージをかたちづくってきた側面も大きいのです。
【主な参考文献等】
・『新編日本古典文学全集 (18) 枕草子』(小学館、1997年)
・浜口俊裕「枕草子「香炉峰の雪」章段の絵画の軌跡と変容」久下裕利編『物語絵・歌仙絵を考える』(武蔵野書院、2011年)
・『物語絵―〈ことば〉と〈かたち〉』(出光美術館、2011年)
・永井久美子「簾をかかげる清少納言図の確立と垣間見の視点―土佐光起の以前以後」『造形のポエティカ:日本美術史を巡る新たな地平』(青簡社、2021年)
・『上村松園』(京都市京セラ美術館、2021年)
・中島和歌子「香炉峰の雪と絵」(展示解説)「企画展示「枕草子と春曙文庫-田中重太郎旧蔵書資料を中心に」国文学研究資料館(2024年10月28日~12月16日)
・片渕須直・赤澤真理・黄昱「国文学研究資料館ないじぇる共創ラボ 清少納言たちがそこにいた「空間」を探る」(2022年10月29日)
・野村聡「雪月花の詩学」(美学 69 (2)、美学会、2018年2月)
・宮内庁三の丸尚蔵館ホームページ 宮内庁三の丸尚蔵館収蔵作品詳細「雪月花」
https://www.kunaicho.go.jp/culture/sannomaru/syuzou-16.html
【引用図版】
・図1 ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)「枕草子図」(東京国立博物館蔵、土佐光起筆)
・図2 ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)「紫式部日記絵巻」(模本)東京国立博物館蔵 井芹一二模、大正8年(1919)、原本:鎌倉時代・13世紀
・図3 「清少納言」(鳥居清長筆、国立国会図書館蔵)
・図4 「古今名婦伝 清少納言」(豊国, 柳亭種彦、国立国会図書館蔵) 文久2年(1862)
・図5 「書畫五拾三驛 大和西京清少納言雪見の圖」(芳虎、国書データーベース)